アヤさん「はぁ~落ち着くわ~」
ざきさん「だなー」
二人とも緩みきった声を出し、目は糸目だった。
アヤさん「茶というのは中国でこそ歴史が古いが、実はヨーロッパでの歴史は深くない。当時初めて茶葉を見た欧米人は、細かく砕いて食べ物にかけておったのだな、これが」
ざきさん「お前、本当にそういう雑学よく知ってるよなー」
アヤさん「雑学ではない、学問だ。茶を以て人生を論ずることが出来るのだぞ」
ざきさん「分かった分かった、そういう話はもう何度も聞いたって」
アヤさん「ならば何度でも聞かせてやろう。まず茶とはな古来より滋養と強壮のために用いられ…」
延々と話し続けるアヤさん。
お茶の話から、水の話、故事成語の話へ、随分と広がりながら話し続けていく。
そして、ふと、ざきさんが何かに気づいたようだった。
ざきさん「なぁ。なーんか大事なこと忘れてねぇ?」
アヤさん「だから君子の交わりは水の如しと…って、ん?大事なこと…?」
二人して眉間にシワを寄せて難しい顔で考え込む。
…占星術の説明をするのでは?と小声で告げると
アヤ・ざきさん「あーー!」
二人とも反応が同じだった。
アヤさん「いかんいかんいかんいかん、すっかり忘れておった!」
ざきさん「そうそうそうそう、星詠み、星占いについて説明するんだったな、そう!」
アヤさん「いやぁ、ワシらはやらなきゃいけないことを忘れる達人だからの。特にこうも長くやっておるとなぁ。」
ざきさん「そーそー!マジそれな!」
自由気ままと言えば良いのか、それともテキトーと言えば良いのか少し迷った。
アヤさん「さて、星詠みについてだが…おい、ざっき。任せた」
ざきさん「はいきた丸投げー!」
やはりテキトーなのかも知れない。
アヤさん「何を言うか、満更でもないくせに」
ざきさん「へいへーい。でも、何から話せばいいのさ。星占いの説明なんて範囲広すぎるだろ」
アヤさん「じゃあまずは、歴史についてだな。中身の話はその後にでも」
ざきさん「ほいほい。そしたら星占いの起源からだな」
ざきさんはそう言うと、組んでいた足を解き、身を前に乗り出してきた。
ざきさん「こいつはかなり古くてな、古代バビロニアの時代、紀元前2000年ぐらいが始まりだ」
紀元『前』…?
アヤさん「お客さんが生きてる時代からすればざっと4000年ぐらい前だな!」
4000年前…さすがに遠すぎてイメージが湧かない。どんな時代だったのだろうか。
ざきさん「この時代はまだ政治と占いと神話が一緒になってた時代で、今みたいな占星術とは違う、原始的で感覚的なものだったんだ!」
アヤさん「例えば火星は死を司る神様の象徴だから悪い星、だとか言われてたりしてな」
ざきさん「数年に一度、夜空に真っ赤に光る星がやってくる。そんなの見たら皆不安に思うっしょ? そこから火星は不吉や戦争、疫病というイメージと結びついたっていう」
つまり、今の占星術よりも幾分か直感的で分かりやすかったのだろうか。
ざきさん「そそそそ!そういうことよ!良いセンスしてるわ!」
良い…センス…?
ざきさん「そんなワケで、この時はまだ星占いというよりは神話としての色が強かったのさ。だけど、これが紀元前400年になって変化することになるだなー」
アヤさん「アレクキサンダー大王がギリシャを統一し、その周辺国をも支配した時代だ。ヘレニズム文明が花開いた頃でもある」
ざきさん「ホロスコープっていう、今の西洋占星術の核となるものが確立され始めたんだ」
アヤさん「HOROとは時を意味し、SCORPとは観測者を意味する。そのまま直訳すれば『時の観測者』という意味だな」
ざきさん「ある時間、というより瞬間を切り取って、その時にどの星がどこに位置していたのかを図にした、星図なんだ」
アヤさん「これによって、星たちの位置などで未来や予兆を観測するという方法が確立される」
ざきさん「それにこの時代の占星術師は国や貴族たちから可愛がれてたらしいぜ」
アヤさん「いつの時代も占いに心寄せる為政者はいるからな。だがその一方で、占星術師は妖術使いだ、という理由で迫害されていたこともある」
ざきさん「可愛がられたり、攻撃されたり、そりゃまー忙しかった時代だったわけよ」
アヤさん「だが、五世紀ごろになって決定的な時代がやってくる」
ざきさん「だな。これ以降、占星術は700年の衰退期に入ることになる」
700年…!?
ざきさん「主な理由としては、キリスト協会からの弾圧だな」
急に話が生々しくなるのを感じた。
ざきさん「占星術は人の自由意思を封じ、運命は決まっているなんて言って、人の心を惑わせるー、って言い始めたのさ」
アヤさん「はっ、馬鹿馬鹿しい。それを言うなら…」
ざきさん「はい、待ったー! お前がこの話に加わると、宗教論が争勃発するから待った!」
アヤさん「…むぅ。ならば、ただ1つ。
キリスト教は占星術を攻撃する理由は他にもあった」
アヤさんは、ぶすっとした顔でぶっきらぼうに話し始めた。
アヤさん「当時のキリスト教はローマ帝国の国教となっていたが、その地位は決して安泰ではなかった」
ざきさん「グノーシス主義やマニ教といった、いわゆる異教の勢力も強かったんだ」
アヤさん「そこで、キリスト教は異教を攻撃するのだが、その際に占星術も厳しい批判を浴びたのだ」
ざきさん「グノーシス主義もマニ教も占星術との関わりが深いからねぇ」
アヤさん「あの異教徒たちは占星術という方法で人を悪の道に引きずり落とそうとしている、ってな具合にな」
それは…もしかして…占星術の中身を強く否定されたわけではないのでは…
アヤさん「そう。要するに権力闘争のとばっちりだ。異教徒を攻撃するために難癖をつけたに過ぎん。全くもって、腹立たしい」
アヤさんの眉間のシワがどんどんと深くなっていく。
飄々とした人物かと思っていたが、実は感情の起伏は激しいのかもしれない。
ざきさん「まぁ、そんな経緯でね。それから700年ほど占星術は衰退期に入る。ただし、完全に途絶えたワケじゃなかった」
アヤさん「ヘレニズム文明に花開いた占星術は、その後いくつかの言語に翻訳されながら、インドやアラブまで広がっていく」
ざきさん「そして、時を経て、ヨーロッパでも古代ギリシャに栄えた学問を復活させようとする動きが見られ始める。俗にいうルネッサンス期の始りだな!」
アヤさん「その中で占星術もより洗練され、より具体性を増して復興を遂げていくことになる。何せ700年もの間、途絶えずに研究は続いていたからな」
ざきさん「もちろん、キリスト教からの批判はあったけど、以前よりは緩いというか、むしろある範囲まで占星術を認めていたフシがある」
知らなかった。
星占いと言えば、朝のニュースや雑誌の1Pでしか見たことがなかったけど、そんな歴史があったなんて。
ざきさん「まぁ、星占いの歴史はざっとこんなもんだな。かなり端折ったり、それどころかこれ以降も色々とあるんだが、そこまで話すと大変なことになっちゃうからなぁ」
アヤさん「ともかく、占星術というのが長い歴史を持つのはわかってもらえただろう。では、何故そこまで続くことが出来たのだろうか? 占星術の何が人の心をそこまで掴むのか? 次回はそれを話そうと思う」
ざきさん「っと、その前にまた一服するかー」
アヤさん「うむ、そうするか」
…この二人、また何を話すか忘れるんじゃないだろうか。
アヤ・ざきさん「まっさかー、大丈夫大丈夫!」
本当だろうか。非常に心配だ…。
0コメント