白い、洋風の、木製の、扉。
いつの間にか、本当にいつの間にか、その前に立っていた。
いつものカバンはなく、財布やスマホすらなく、ただ手には1通の手紙が握られていた。
ここは、どこだろうか。
何故ここにいるのだろうか。
今まで何をしていたのだろうか。
浮いては沈んでいく疑問、けれど自然と手は扉の取っ手を掴み始めた。
Nihil verum, omnia licita.
ちょうど目線の高さにある扉にそう書いてあった。
何語だろうか、そんなことをぼぅっと考えている間に扉が開ききった。
アヤさん「お、来なすったね」
中には一人の、中国風な、占い師のような格好をした男がいた。
アヤさん「さ、そのまま中に入りなされ。おいざっき、お客さんだ」
ざきさん「おいーす!どーも、どーも、おはこんにちばんわー!! ささささ!どーぞ、どーぞ中に!」
占い師のような人に呼び出され、奥から違う男性がテンション高めで出てきた。
まるで、カフェかバーのマスターのような格好をしている。
アヤさん「やかましい」
ざきさん「いったぁ!」
どうやら力関係は占い師の方が上のようだ。
アヤさん「すまんねえ、お客が来ると謎テンションで騒ぐ男でね。まぁ、悪気はないんだが」
ざきさん「そらそうよ!! 元気が!あれば!何でも!」
アヤさん「やかましいわ。はよ、茶の用意をせい」
ざきさん「ほいほ~い」
アヤさん「お客さんはどうぞこちらに。何しろこれから長丁場になるのでな。立ったままでは疲れるだろうよ」
占い師が手のひらで椅子を指し示す。
ここはどこだろうと思いながら、おずおずとその椅子に腰かける。
アヤさん「じゃあ、まずは招待状を拝見しようか。どうせ送りつけたのはアイツだろうけどねぇ」
ざきさん「常識的に考えてあいつしかいねぇな!!」
アヤさん「はいはい、そうだな。で、ざっき、茶はどうした?」
ざきさん「お茶っ葉どこに置いたっけか?」
アヤさん「………。とりあえず招待状を」
ため息をつく占い師に促され、持っていた手紙…恐らく招待状を差し出す。
すると占い師はやっぱりなと笑い、マスターもだよなと笑い始めた。
アヤさん「それじゃ、ここの説明から始めるかい。おい、ざっき」
ざきさん「あいよー。お客さん、『月詠ミコト』って知ってるかい?」
つくよみ、みこと。
知らない。誰だろうか。
ざきさん「まぁ、知る必要があるやつだけがアイツを知っている、みたいな不思議な存在だかんね。知らなくてもしゃーない」
アヤさん「これがまた酔狂なヤツでな。クリエイターの集まりである月光ギルドの団長を名乗っておる。頭の中で年がら年中『わるだくみ』を練っては、日々『きょうはんしゃ』を探しておるよ」
ざきさん「で、その月詠ミコトが新たなわるだみとして『星詠み亭・エピカ』ってのを始めたんだ。簡単に言うと、星詠みの話と旨い料理が楽しめるイベントだな」
アヤさん「面白半分と楽しさ半分で作られた酔狂な世界よ。俺たちが星詠みの話をし、その後、料理人が作った馳走を頂く。少なくとも?飲み物は?『すぐに』出てくる」
ざきさん「悪いって…。んで、ここはその『星詠み亭・エピカ』の…出張所みたいなもんかね? 面白半分、楽しさ半分、そして」
アヤさん「山盛りの宣伝意図で創られた世界よ。あいつも次から次に酔狂なことを考えおる」
ざきさん「ってことだ。月光ギルドがあって、団長の月詠ミコトってヤツがいて、『星詠み亭・エピカ』ってイベントが始まり、この場所がある。ここまでOK?」
突然さらさらと情報を流されるが、何となくは、分かった気がする。
アヤさん「良し。では、先程「長丁場になると」言った、その意味を説明せねばなるまい」
ざきさん「ぶっちゃけ、これからあなたには俺たちの星詠みの話を聞いてもらうよ。星座の話、惑星の話、宇宙の話、色々と」
…ちょっと待った。
何故、いきなりそうなるのだろうか。
アヤさん「理由は気になるだろうが…そうだね、俺の『見立て』だとそういうことになっている、今はそれが理由としか言いようがない」
ざきさん「今、理由を詳しく話しても分かんねぇだろうからな。もちろん、聞き流してもらってもOKよ」
アヤさん「ただ、それに関わらず俺たちは話し続ける。いつまでも、どこまでも、『その時』が来るまで俺たちは語り続ける」
ざきさん「俺らは蠍座だからねぇ、しつこいよ~?」
二人の男性は含み笑いをしながら、しかしその瞳の奥には…何か不思議な意志が宿っているような気がした。
アヤさん「それに、ハッキリと言うが、今すぐに帰って成さねばならぬ用事などないのだろう? それどころか…自分の名前は分かるのかい?」
………あれ?出てこない。
どうしてだろう、口を開くが、自分の、自分だけが持つはずの名前が出てこない。
ざきさん「生年月日とかは?出身地、親、兄妹、友達、学校や職場は?」
………。
やはり、出てこない。
アヤさん「ならば、ここでゆっくりしていくが良い。思い出すまでな」
ざきさん「そー!そー!この夜見ノ世界は不思議な世界だからな、歳は取らねぇ、腹は減らねぇ、喉も渇かねぇ。ついでに朝だってやってこねえ!!」
そう言って、二人はまた笑う。
人を食ったような人とは、こんな人たちを言うのかも知らない。
アヤさん「さて、申し遅れた。俺は水月理仁(みづき あやひと)と言う。見ての通り易者、つまりは占い師だ。アヤさんとでも呼んでくれれば良い」
ざきさん「俺はざっき。ざっきでもざきさんでも、何でも呼んでくれ!星詠み師としての経験はアヤほどないが、それなりにはできるぜ!」
アヤさん「見かけはバーかカフェのマスターの様だが、茶も淹れられんとはな。人は見かけによらんな」
ざきさん「さっきから引き摺りすぎだろ!!お前だってその格好と喋り方うさんくさいわ!」
アヤさん「んだと、テメェ、叩き斬られてぇのか?!」
ざきさん「あぁん? 上等だこらぁ!!」
そう言い合うと、占い師のアヤさんは日本刀を、マスターのざきさんは拳銃のようなものを互いに突きつけあった。
いったいどこから出したというのだろう…。
まだ二人については説明されていない部分も多い様だ。
アヤさん「…ちっ。客の前だ、今日は勘弁してやる」
ざきさん「仕方ねぇな」
客がいなかったら一体どうなっていたのだろうか。
アヤさん「…あー、えっと…コホン。見苦しいところをお見せしたな」
ざきさん「まぁ、俺たちの事は追々分かるだろうから、その時にでも」
アヤさん「そうだな。茶番はここまでにして、そろそろ話を次に進めようか」
ざきさん「だな。星詠みの話をするに当たって、いきなり星座だの惑星だの言われても分からないだろうから」
アヤさん「星詠み、つまり星占いとは何かという話をしたい」
話がどんどんと進んでいく。
そのスピードと強引さに、困惑するが…少しだけ、少しだけ話を聞いてみようと思い始めている自分もいた。
アヤさん「とりあえず、まずは落ち着くために茶でも用意するかな。おい、ざっき」
ざきさん「んじゃあ、俺はコーヒーブラックで」
アヤさん「お前が淹れるんだよ!!」
ざきさん「あいたぁ!」
占い師に叩かれ、渋々茶の準備を始めるざきさん。やはり不安だ。
これから一体、どんな話が聞けるというのだろうか?
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